今日、わたしは会社をクビになった

1998年6月30日。わたしは会社(X社)をクビになった。
正式には当時のわたしたちの部署がアウトソーシングされることになり、わたしは比較的好待遇でアウトソーシング先の会社に行くか、X社の別の部署に行くか、違う道を見つけるかの選択の中、「沈み行く船になんか乗っていたくありません」と、X社から離れた。
悲しかった。だって、わたしたちはX社でも給料の低い末端でありながら、好成績を収める部署で、一番クビに遠い存在だと思っていたから。98年の2月にリストラ(会社の人はその言葉を誰も言わなかったけど)の発表があって以来、わたしは泣いては飲み、飲んでは泣いて、そしてちゃんと働いた。
6月30日の解散式、いまでも鮮明に覚えている。

その後、個人的な紆余曲折を経て、わたしはX社に戻ってきた。
「沈み行く船」なんて言っちゃったけど、わたしはX社が大好きだったんだもの。
戻ってきてからの業務は、あまちゃんのわたしには過酷だったけど、頑張れた。なぜなら、X社を出てからの数年間の方が、辛かったから。わたしはX社に戻れた運命に感謝し、与えられた仕事をまっとうしようと心がけたよ。

2010年3月31日。今日わたしはX社をクビになった。
明日もわたしは同じオフィスに行き、同じ会社名を名乗り、何一つ今までと変わらない仕事をするけど、わたしはX社をクビになった。
09年5月、X社の大きな2つの部署が呼ばれて、別会社(Z社)を設立しその2つの部署がそこに行くことが発表された。「卓越したサービスを求めて、分社化うんぬん。3年前から計画うんぬん」。
わたしたちの選択は、2つの部署以外へ異動しX社に残ること、退職金をもらってZ社に転籍すること、まったく別の道に進むこと。
わたし、98年に辛い思いをしたのと同じ経験をする為に、X社に戻って、慣れない仕事も頑張ってきてたことになるんだ…。愕然。でも98年と違うのは、わたしは強くなったこと。現実を知っていたこと。

だって、もう辞められない。今の時代わたしの年と経験では再就職はすごくすごく厳しい。
リーマンショック以来、わたしはいつ本当のクビを言い渡されるかびくびくしていた。
それから考えたら、転籍させてもらえるだけでもありがたい、と思って、その後あまり何にも考えないで、今日の日を迎えた。

でも、やっぱり今日、ちょっとした拍子に、わたしは明日からX社の人でないんだな、って思って心が痛かった。なんだか心のささくれがずっとあって、このささくれはどうしようもできないものの気もする。でもこのままにしていたらいけなくて、わたしはこのささくれを丁寧に自分で処理して、ケアしてあげないと、知らない間に傷が深くなって膿がたまって、もっともっと痛くなっちゃう。

だから、ちょっとだけ泣いて、こうやって文字にして、浄化して、明日も頑張る。
わたしは明日からもX社の仕事を、Z社の人間としてちゃんとやっていかなきゃだから。

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  • 慣れるとか、納得させるとか、忘れるとか…。

    Excerpt: 仕事を「したくない」と思う。 今までそんなことあったかな…?あった…、あったよねぇ。基本、わがままだから。 Weblog: Winner_blog racked: 2010-06-23 09:51
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    Excerpt: 一緒に働いていた仲間が、部署の解散で離れ離れになってから、かれこれ12年、13年? それでも、なんとなくみんなと繋がっているのは、みんな仲良くて、良い人たちだったから。歳や生活環境はバラバラなのに。 Weblog: Winner_blog racked: 2010-09-25 11:49
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    Excerpt: まとめるには、まだちょっと早いけれど、読売新聞も海外国内共に十大ニュース発表したので、わたしも。 Weblog: Winner_blog racked: 2010-12-24 11:46
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    Excerpt: 2002年8月19日に、戻ってきてから、幾年月。 区切りのよい年だと海外から、どれか選びなー、とURLが送られてくる。 Weblog: Winner_blog racked: 2017-09-11 00:01